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ドラマ『モアザンワーズ/More Than Words』を鑑賞して ―坂本真綾の「モアザンワーズ」を聴きながら―

モアザンワーズ/More Than Words』

 2022年9月16日、Amazon Prime独占配信という形でドラマ『モアザンワーズ/More Than Words』が全10話一挙に公開された。台風だったこともあり、この3連休を利用して一気観した。本記事では、ネタバレを含めてその感想を綴っていく。

 

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 そもそもこのドラマを観ようと思ったきっかけは、好きな俳優さんのひとりである中川大輔が出ているからという単純な理由からだった。もうひとつ、ちょうど10年前である2012年にリリースされた坂本真綾の名曲「モアザンワーズ」と同名であることにも興味をそそられた。

 

坂本真綾モアザンワーズ

youtu.be

 

 実際に、ドラマの内容はこの曲とリンクする部分が大いにあった。もちろんこのドラマには素晴らしい主題歌や挿入歌が存在して物語を彩っているし、この「モアザンワーズ」という曲も他の作品のタイアップ曲として制作された曲であることは承知しているが、槙雄(演:青木柚)に向けて歌われた曲のようにも感じられて、それがどうしようもなく嬉しかった。それくらい、槙雄というキャラクターにはつらくて切なくてやり切れないことが起きた。一気観したあと最初に思ったことは、この先の槙雄の人生への祈りと願いだった。この気持ちも、ちょうど10年前にリリースされた浜崎あゆみの「how beautiful you are」が歌ってくれている。

 

どうか優しくて穏やかな風が 包んでくれます様に

 

浜崎あゆみ「how beautiful you are」

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 前置きが長くなったが、ここからはドラマの内容について触れながら感想を述べていく。まず、あらすじを下記に引用しておく。

 

あの青春の日々は、ときに優しく、ときに切なく、いつもはかなく輝いている――同じ高校に通う、親友だった美枝子(藤野涼子)と槙雄(青木柚)。一緒に始めたバイト先で大学生・永慈(中川大輔)と出会い、3人はつるむようになる。ある日、永慈が槙雄を好きだと言い出し、2人は結ばれる。しかし周囲が交際に反対。槙雄と永慈を引き裂こうとするなか、美枝子が彼らのために2人の子供を産むことを決意。3人の特別な関係は徐々に変化していく。そんなとき、槙雄は元同級生の朝人(兼近大樹)と偶然再会し・・・。若者たちの痛々しいほどピュアで、美しくも切ない青春群像劇。

 

 

 1話の時点で、私は槙雄というキャラクターから目が離せなくなっていた。物語は美枝子と槙雄が高校1年生の頃からスタートするが、槙雄の人懐っこく、人気者で、誰に対してもフラットな姿勢。「学年に1人いたよな、こんな人」と思わせるリアルさ。槙雄というキャラクターの造形がしっかりしていることは大前提として、青木柚がそれをリアルに生きている人間として生々しく表現することで、どのシーンでも目で追ってしまう存在にしていた。作品の中のキャラクターというより、実際にクラスが同じだったあの子のような存在感があった。

 ところで、もともと異性が苦手な美枝子(演・藤野涼子)は彼氏に性的関係を求められ、拒否したら殴られたことでより異性が苦手になってしまっていたが、槙雄には心を許している。槙雄は「触るな」と言われたらそれ以上は触らないし、美枝子を殴った彼氏を「そいつ全然いい彼氏とちゃうぞ」とジャッジする。その言葉で涙があふれた美枝子に、槙雄は柿ピーを渡す。そして柿ピーは、美枝子の一番の大好物だった。

 美枝子が心を許すもうひとりの男性が、永慈(演・中川大輔)である。槙雄と一緒に働くことになったバイト先で出会って握手を交わしたとき、不思議と嫌な気持ちがしなかった。その理由について槙雄と「ゲイだからでは?」と推理していた際、それを永慈本人に聞かれ、永慈はそれを認めた。セクシャリティについてそういう推理をするなよとは思ったが、結果的に3人はより打ち解け、仲良くなっていく。永慈の高級車に乗ることが美枝子と槙雄の楽しみで、そのたびに永慈が鍵を失くすのが定番になっていた。

 必然的に美枝子と槙雄が一緒にいる時間は長くなり、槙雄が人気者なこともあって、それに対して嫉妬する生徒もいた。槙雄に片想いしている生徒もいて、ふたりはいろんな人に付き合っているのかを訊かれる。しかしそんなことはなく、実際に付き合うことになったのは永慈と槙雄だった。槙雄に片想いしていた生徒も、自分に興味を持ってくれないことを察知したら、あっさりと告白してくれた他の男子生徒と付き合うことにした。

 永慈と槙雄のカップルは本当に微笑ましく、美枝子と3人でこのまま幸せにドラマが終わったらどれほどよかったことだろう。しかし、あっさり交際を認めてくれそうだった永慈の父親である洋介(演・佐々木蔵之介)が、ふたりの交際に反対する。洋介はカウボーイハットを持っていて、それはアメリカにいた時代に親友からもらったそうだ。そして、そのカウボーイハットについて、洋介は槙雄にだけ「このカウボーイハットをくれた親友もゲイだった」と打ち明ける。今よりも保守的な時代だったアメリカでその親友はリンチされ、今なお身体に障害が残っているという。時代は変わったとわかっていても、自分の息子がそんな目に遭うことを想像したら受け入れられないとのことだった。私はこのシーンで『ブロークバック・マウンテン』を思い出した。そして槙雄は、この話は自分にだけ打ち明けられたからという理由で、美枝子にも永慈にも話さなかった。

 とても印象に残っているのが、永慈が初恋は槙雄だと告げ、槙雄が初めて照れた姿を見せるシーン。美枝子はそれを写真に撮り、その写真は永慈の部屋の冷蔵庫に貼られた。

 時は経ち、永慈は染物を作る仕事をしており、美枝子と槙雄は高校を卒業する。永慈はそこで作った服を、槙雄にプレゼントする。そして、洋介の会社に入ることになる。洋介から美枝子の専門学校入学、槙雄の就職、永慈の入社を祝う席に招待され、もしかしたらそこで「永慈と槙雄の関係も祝福されるのでは」と期待を抱く3人だったが、現実は別れることをお願いされるという残酷なものだった。洋介は「孫の顔を見たいと思って何が悪い」と激昂する。台無しになったお祝いの席をあとにして、美枝子は永慈と槙雄の子どもを産むという極端な決断をする。永慈と槙雄の関係を壊さないためにという想いからではあったが、あまりにも破滅的な決断だった。そしてこの決断が、この3人の関係性を修復できないものにしてしまうこととなる。

 まだ高校を卒業したばかりの美枝子と槙雄の視野が狭くなってしまうことはあり得るとして、年上の永慈にはもっと別の道があることを提示して欲しかったし、するべきだった。しかしそんな提案はなされぬまま、美枝子は永慈と槙雄と関係を持ち、永慈との子どもを授かる。そして永慈は子どもができたからにはと、美枝子を最優先するようになる。しかし、それは恋人である槙雄を傷つけた。自分の子どもじゃなかったら、美枝子と違って自分が永慈に与えられるものは何もないと言う槙雄に心を痛め、傷ついて欲しくなくて槙雄の子どもであると嘘をつく美枝子。しかし、つわりが始まった時期と関係を持った時期にズレがあり、その嘘はすぐにバレる。それによって、槙雄は更に傷つく。そして永慈と口論になり、槙雄は2人の前から姿を消す。

 永慈と美枝子は籍を入れ、美枝子は子どもを産んだ。その場に駆けつけた洋介は感謝と謝罪を伝えるが、その場に槙雄はいない。あんなに愛し合っていた永慈と槙雄の関係はなくなり、永慈は美枝子と籍を入れ、槙雄だけがひとりになってしまった。初めて好きになった人がいなくなってしまったのに、そのまま5年の時が過ぎてしまった。

 

自由って、せつなくないですか?大人になったんだね

自由って、せつなくないですか?少しだけ

自由って、せつなくないですか?一人になったんだね

自由って、せつなくないですか?どこまでも

 

坂本真綾モアザンワーズ

 

 槙雄は、引っ越していた。引っ越し先のアパートでゴミ捨てをする際、小学生のときに同級生だった朝人(演・兼近大樹)と再会する。その時に捨てようとしたゴミ袋には空のカップ麺が詰められており、髪がボサボサに伸び切って目も死んでいる槙雄の様子から、荒んだ気持ちと生活が窺えた。

 美容室で働いている朝人は、ひとりで食べるよりふたりで食べるほうが美味しいという理由で、槙雄を夕食に誘うようになる。槙雄は朝人に甘えるようになり、かつて永慈がしてくれたように、朝人にドライヤーで髪を乾かしてもらったりするようになった。そうすることで槙雄の傷が少しずつ癒えていけばと願ったが、朝人に苦手なものを訊かれた際「女と子ども」と答えることで、その傷が今なお深いことを知らされた。そのシーンでは槙雄の姿は見えず声しか聞こえなかったのが、より一層生々しかった。

 そんな日々が続くなか、何気なく朝人の美容室のアルバムを見ていた槙雄の目に、カットモデルとして掲載されている美枝子の姿が映る。そして、朝人から美枝子は専門学校時代の同級生だったと告げられる。言葉を失った槙雄は、自分の部屋に帰り、ドアを閉めてうずくまった。このドラマの特徴のひとつとしてエンディングの長回しが挙げられるが、これほど悲しい長回しはなかった。ねえ、あれだけ人懐っこくて人気者で明るかった槙雄が、どうしてこんなに傷つかなきゃいけなかったの?

 ただごとではないと察知した朝人は、槙雄の部屋へ行く。そして槙雄はこれまでのことを話し、朝人は「とっぴやな」と言う。槙雄も当時はそれ以外の方法が思い浮かばなかったと回想する。美枝子もまた「命を道具」として扱おうとしたことを後悔していた。だからこそ、永慈には冷静にもっと別の方法を提案して欲しかった。というかするべきだったが、もう時を戻すことはできない。

 そして朝人は美容室で美枝子に再会し、槙雄の名前を出してしまう。そこで、美枝子が今なお本気で槙雄を探し続けていることを知り、それを槙雄にも告げる。けじめをつけるときではないかと。そして、実に5~6年振りに永慈・美枝子・槙雄が再会する。

 

目の前の君は今の、今だけの、君じゃない

出会った幾つもの喜びや悲しみと一緒に生きてる

 

坂本真綾モアザンワーズ

 

 交わした言葉の数こそ少ないが、3人とも謝罪し、涙を流す。特に永慈の涙からは、下記引用のような想いが感じ取られた。

 

涙も拭けるくらいにいつでも近くにいたはずなのに

私は君の苦しみや震えに何ひとつ気づけなかった

 

坂本真綾モアザンワーズ

 

 永慈と美枝子が帰る際、車に乗ろうとして、かつてのように永慈が鍵を失くす。かつてはそれを一緒に茶化す側にいた槙雄は、茶化すことをせずふたりを「夫婦やな」と言う。「しっくりきた」とも。このシーンが、この3人が以前のようには戻れないことを決定的に示していて、とても悲しかった。

 車を見送ったあと、朝人に偉かったと抱きしめられ、涙を流す槙雄。家に帰ったあと、自分が初めて好きになった人だと告げ、初めて照れた顔を見たときの思い出の写真が貼られている冷蔵庫を見るも、そこには子どもが産まれたあとの写真が多くなってしまったことを感じる永慈。その様子を見て、子どもを迎えに行くと永慈をひとりにしてあげる美枝子。そして、かつて槙雄にプレゼントするも、槙雄が出て行ってしまったためずっとしまっていた染物の服を取り出し、まるで微かに残っている香りを確かめるように、顔を埋めて号泣する永慈。喪失感、後悔……さまざまな感情が感じられた。

 さて、最初のシーンで、彼氏に殴られた美枝子に槙雄が柿ピーをあげた川沿い。その川沿いを、美枝子と槙雄が子どもと一緒に楽しく歩く。しかしかつては一緒に先輩の家に行ったのに、この物語の最後のシーンでは別々の道へ分かれてしまう。ああ、なんの救いもなく終わってしまった。だけど、朝人が槙雄にかけてあげた「いとしい」という言葉に、ほんの少しだけ希望を感じられた。そして私は冒頭に書いた通りのことを思った。この先の槙雄の人生を、どうか優しくて穏やかな風が包んでくれます様にと。

 この物語は、互いが互いを思いやっているのに、その方法が間違っていて、その掛け違いで悲しい結末を迎えてしまう、「時を戻すことはできない」という事実をこれでもかと伝えてくるドラマだと思う。なので最後に、永慈・美枝子・槙雄の3人があの頃のままずっと幸せでいられるために、私が「完全に足りなかった」と感じた歌詞を引用し、これを槙雄に捧げ、本稿を終えたい。

 

100の言葉より伝えたいことがある

100の言葉より君だけを想っている

 

坂本真綾モアザンワーズ

 

 

  2022/09/20