※この記事は本公演のネタバレを含みます
2020年10月29日、藤井風初となる武道館公演『Fujii Kaze "NAN-NAN SHOW 2020" HELP EVER HURT NEVER 日本武道館公演』が敢行された。コロナ禍に配慮した上で会場に観客を入れ、オンラインでリアルタイムの配信も行われた。アーカイブなしという"生"にこだわった本公演のライブレポートを、オンラインで参加した私が記憶を手繰りながら書いていこうと思う。
開演前は、ラジオDJ飯室大吾によって藤井風の紹介及び観客への案内が、ラジオ番組さながらに行われた。会場は、席と席が空いているとはいえ満員だった。会場の中央に設置された立方体のボックスで開演までの時間がカウントダウンされ、今か今かと緊張する。
カウントが0:00になるやいなや、モニターの役割を果たすボックスには本公演の公式Tシャツにもあしらわれているシンボルマークが白黒で映し出される。それが蛍の光に変化し、オーケストラとピアノのインストによる「帰ろう」が演奏される。ボックスが上に上がり、グランドピアノと藤井風の姿が露わになる。背中に青空と桜の写真を長方形でプリントした白Tシャツとジーンズという格好だった。
静かな会場でピアノに座りアカペラで聖歌(?)のような曲を歌い上げ、荘厳な雰囲気となる。そしてピアノの演奏が始まる。
01. おどるポンポコリン
YouTubeにカバー動画をアップしていた藤井風という存在を有名にしたといっても過言ではない、通称「アダルトちびまる子さん」と呼ばれるB.B.クィーンズのジャジーなカバー。自身のスタートを象徴するこの曲でライブは幕を開け、
02. (They Long To Be) Close To You
こちらもYouTubeにアップしていたThe Carpentersのカバー。演奏の後、ピアノの椅子に座ってくるくる回りながら会場中にお辞儀をする。
「Hello this is Fujii Kaze」とお決まりの文句でMCを始め、席の関係で自分の背中しか見えない人がいないように、という配慮から、回るステージを設置した旨を語る。実際にスタッフに回してもらって「おー回りよる回りよる」と満足げなのが印象的だった。
「一緒にいい夜を作っていきましょう、よろしくお願い致します」とMCを締め括り、クリスマス・ソングではないがクリスマスのバイブスを感じるということで、
03. Just The Two Of Us
日本でも"Just The Two Of Us進行"という言葉でおなじみのBill Withersによる名曲。こちらもYouTubeにカバーがアップされている。演奏後、マイクを通さない肉声で東西南北の観客にそれぞれ何か言葉を投げかけ、拍手が沸き起こる(私はよく聞き取れなかった)。
04. 丸の内サディスティック
そして、日本の"Just The Two Of Us進行"の名曲である椎名林檎のカバー。もちろん、この曲もYouTubeにカバーがアップされている。終盤でスキャットを披露し「Thank you」と短く言った後、
05. 特にない
YouTubeでのカバー曲ゾーンを終えたということだろう、自身のアルバム『HELP EVER HURT NEVER』から初となる本曲のイントロを奏で始める。「皆さんアルバム聴いてくれてますか?」と投げかけ、この曲には指パッチンの音が欲しいと観客に頼む。しかし、自分では指パッチンで音を出せない辺りが可愛らしい。イントロの4小節をリフレインさせながら「日頃の不満とかひとつずつ消えていくと思い込んで、足らないもの・満たされてないものにフォーカスせず、持ってるもの・満たされてるものに意識向けて、満たされた気分で帰って」という旨のMCを行い、「まだ帰らんけど」と付け足して歌い始める。まさかアルバムから披露される最初の曲がこの曲だとは予想していなかったが、セピア色の照明の中パフォーマンスを行い、指パッチンをしてくれた観客に「一緒に演奏してくれてありがとうございます」とニクいお礼を言う。
06. 風よ
藤井風は歌詞を書く時についつい祈りになりがちだそうで、それが最も露骨に出たのが本曲との事。祈りがないと武道館のようなステージには怖くて立てないというMCを終えて、雪崩れ込むようにイントロを演奏する。アルバムのタイトルがあしらわれた魔法陣のようなステージの上で祈りを歌い上げ、公演の第一部を終了する。深々とお辞儀をして階段を降り、普通に歩いて退場。コロナ禍における対策として、ここから15分間の換気タイムを挟む。
換気タイム中、第一部はステージに居るのが藤井風ひとりだけだったな、と記憶をたどる。アルバムの中でも地味めというか、いぶし銀のような魅力を放つ曲を第一部に持ってきたのも、ひとりで演奏するのに向いていたからなのかもしれない。そんな事を考えていたら5分前のアナウンスが流れ、現実に戻る。そこからはそわそわしながら第二部を待った。
07. 何なんw
事前に一発目か最後に披露されそうと予想していたデビュー曲は、第二部の一発目を飾った(余談だが、一発目に披露されそうだと思っていたのは始まりがラの音でオーケストラのチューニングみたいだから。最後に披露されそうだと思っていたのは、永遠に続いて欲しい極上のアウトロを延々と流しながらバンドメンバーの紹介などが行われそうと思っていたからだ)。
上下ともに縦の縞柄の衣装で登場した藤井風は、普通の人が着ればパジャマにも見えそうなその衣装をパフォーマンスの力でスタイリッシュなファッションとして完全に着こなしていた。イントロが流れる中、コロナ禍における対策として観客が声を出す事が禁じられていた為、藤井風は「しっかり心でうとーてやーーー!」と投げかける。また、観客がお行儀よく座って観ていたため、「(立ちたい人は)立ってええんやで!」と続けた。
2番ではステージ上に座り込んでみたり、自由に動き回りながらパフォーマンス。大サビのスキャットを決めて、アウトロではおもむろにピアノに向かいアドリブ演奏を重ねる。
08. もうええわ
アルバムと同じ流れでセカンドシングルが披露された。こちらはグランドピアノではなくステージの端の方に置かれたキーボードを演奏した。青紫の照明に照らされながら、サビの《笑ったるわ》の部分では実際に笑うような演技的な歌い方を披露。最後の《あはは》がまるで泣き笑いのようだったのが印象的だった。また、気のせいかこの辺りから疲れが出てきているように見えた。
パフォーマンス後、藤井風は「改めましてこんばんは、皆さん」と第二部の挨拶を始める。「一部が終わっても帰らんでおってくれてありがとう」と冗談を交えながら、二部からは愉快なband members(ネイティブ発音)と一緒にパフォーマンスを行う事を伝える。
09. 優しさ
「人からめっちゃ優しくされたのに返せなかった。自分が恥ずかしくなった」とエピソードを語り、藤井風は「優しさは最強やなって思いました。Kindness is badass」と締めくくる。茶色い照明の中、暗い会場内で潤んだ目の光が印象的だった。
10. キリがないから
これまで自然的な映像を映し出していたモニターが、突如映画『マトリックス』のような黒と緑のデジタルな映像を映し出す。まるで電子の波に飲み込まれていくかのような一番サビの後、アンドロイドのヒロムが登場。最初は藤井風の動きをコピーし、徐々に自らの意思を持ったような動きを始め、二番サビでは指揮を始める。ラストサビでは藤井風とヒロムが一緒に踊り、最後はふたりが手を合わせた。
11. 罪の香り
暗転したステージでもヒロムがステージを立ち去っていく様子がうっすらと確認できてシュールだと思っていたら、ホーンセクションによる怒涛のイントロ。第二部の編成を見る限りオーケストラがおらず、この曲は演らないかもしれないと思っていた為、私にとってはサプライズだった。渦を巻くようなモニターと、赤紫色のセクシーな照明がパフォーマンスを演出する。藤井風は独特な動きをしながら歌い、最後は右腕を真上に突き上げて演奏を終えた。
アンドロイドのヒロムの中の人は藤井風に「動きをこうした方がいい」等と教えてくれた気前のいいダンサーの兄ちゃんである事が明かされ、唐突に「皆さん元気にしてますか?」と客席に投げかける。「あの、ほんまにすごい人ですね。ちゃんと奥まで見えてますよ、今日コンタクト入れてきたんで」と客席を見渡し、観客から笑いが起きる。調子づいた藤井風は「調子のっちゃってどんどんアルバム曲やっていきたいと思います」と締め括り、
12. 調子のっちゃって
ですよね、という流れでこの曲を披露。MVが作られていないアルバム曲の中では私の一番のお気に入りだ。股間に手を伸ばしたり、首を締めたり、誰かを探すような仕草をしたり、歌詞に合わせて動きをつけていたのが印象的だった。
13. 死ぬのがいいわ
グランドピアノに戻った藤井風が一音鳴らすたびに、モニターに炎が散る。ピアノの演奏は次第に熱を帯びていき、照明は真っ赤になる。情念を感じるピアノソロをイントロとして、本曲を披露。夕陽のような照明が事件性を感じさせる。《変わることのない愛をくれるのはだれ》の"だれ"をウィスパーで歌唱していたのが印象的だった。2番のサビは上ハモを歌い、スキャットを経て、1オクターブ上がったラストサビを熱唱。情念を包み込むように、モニターが降りてきて藤井風を覆った。
暗闇の中、足音が聞こえてくる。するとモニターに波が打つ映像が映し出され、突如真ん中に「主演:藤井風」の文字。私が(東映?)と思ったところで「へでもねーよ」というタイトルが打ち出される。
14. へでもねーよ(※新曲)
もちろん映画が始まるわけではなく、サプライズでの新曲披露だった。Botter Loveという赤文字が散りばめられた白シャツ姿で現れた藤井風は、ヤカラのようなオラついた雰囲気でピアノにもたれかかり、ロッキッシュなサウンドとオーケストラサウンドのコントラストが印象的な新曲を披露した。
パフォーマンス後の第一声は「新曲をライブでやるのは難しい!」だった。正直で微笑ましい。藤井風は続けてもう1曲新曲を披露する事、これらの新曲2曲は10月30日午前0時よりデジタルリリースされる事をアナウンスした。これら2曲は正反対の曲で「自分とは?人生とは?見えない敵と戦っている、奮い立たせるような曲」と語り、もうひとつの新曲を披露。
15. 青春病(※新曲)
《青春はどどめ色》というフレーズが衝撃的なこの曲は、手書きの歌詞がテロップで表示された。私は藤井風が2番で歌詞を間違った事を見逃さなかった。最後は泣きのギターが入り、泣きのギターが大好物な私はとても嬉しくなった。
16. さよならべいべ
アルバムの中では少々異端なこの曲だが、新曲2曲がロック寄りのナンバーだったため、違和感のない流れで披露された。また、新曲を披露して緊張が解けたのか、とてもリラックスしたパフォーマンスだった。サビでは大きく手を振り、観客もそれに合わせて手を振る。リラックスしているからか、観客の手を振る光景が嬉しかったのか、とても自然な笑顔がこぼれていた。
「Thank you, thank you! ありがとうございます」とMCを始め、band members(ネイティブ発音)とヒロム、そしてスタッフの紹介。そして「今日までなんとか生きてきて、時間を共有してくれとる"あなた"ひとりひとりに拍手お願いしていいですか!」と観客にも拍手を捧げる。
「これからも人生は続くと思うんですけど、ポジティブでハッピーな気持ちになってたら何より嬉しい」「始まりがあればいつか終わりがある。この世を去る時にネガティブとかドロドロした思いを持って死ぬのは悲しいじゃないですか。(そういう感情が)生まれてしまうのはしょうがないけど、それをすべて流して今日は帰っていただきたいです」「まだまだもがいてる。新曲でももがいてる。これからももがき続けるけど、皆さんと一緒に人生を楽しくもがいて生きていきたいです。これからもよろしくお願いします」と自らの思いを伝え、「じゃあみんなに幸せな気持ちで帰ってもらうために」と前置きして、最後のナンバーへ。
17. 帰ろう
ああ、この曲は来場したお客さんがライブを終えて帰る時の曲としても機能してしまうんだな。私はそう思いながら演奏を待った。
真っ暗な中、スポットライトが藤井風のみに当てられる。弾き語りのように歌い始め、照明は徐々に光が差すように広く明るくなっていく。2番のサビに入った瞬間、頭上から白い羽根が舞い降りてきたのはとても感動的だった。音源で《幸せ絶えぬ場所、帰ろう》の部分が溜めて歌唱されるところが私は好きなのだが、ライブでもしっかり溜めて歌われて嬉しかった。最後のフレーズ《あぁ今日からどう生きてこう》が、ライブの演者・観客両方への問いかけのように聞こえた。改めて、このアルバムがラで始まってラで終わるのが大好きだと思った。
舞い降ってきた羽根がパーマをかけた髪にしっかりくっついて天使のような風貌になった藤井風は、東西南北に深くお辞儀をし、最後は全員に手を振る。モニターボックスが降りてきて藤井風を完全に包み込み、そのモニターに藤井風からのメッセージが白文字で映し出される。
It was a blessed night
Thank You So Much for coming, watchixg, and supporting!
Love You all!
KAZE
開演前と同じように、閉演時のMCも飯室大吾が務めた。そして藤井風が選曲したと思われる曲をBGMに配信終了の画面に切り替わり、私は記憶がこぼれないうちに今日の公演を記録しようとこの記事を書いている。
「優しさ」「キリがないから」のMV及び本公演の映像を担当した山田健人監督がラジオで語っていたように、藤井風は憑依型だと思った。曲によって表情や動きを演じ分け、その曲の持ち味を最大限に活かすようなパフォーマンスだった。また、ピアノの実力が凄まじいのは言わずもがな、ヴォーカルも素晴らしかった。特に張りのあるロングトーンや、腰に響くようなバスの声域が印象的だった。
自身の活動のスタートであるカバーで始まり、基本的にアルバム通りに進んでいくセットリストは、藤井風のキャリアをたどっているようだった。また、新曲がロック寄りで「さよならべいべ」と並べられていたのも、今後の事を考えてのものであろう事が伺えてとても頼もしかった。
本公演を観てスペシャルな日になる事を、ポジティブな気持ちになる事を藤井風が祈っていた通り、今日は文字通り一夜限りのプレミアムなショウであったし、今は無事召されたような気分だ。私はよく気分がドン底に落ちるタイプ(ドラマクイーン)だが、スペシャルな気分がどんなものか、そしてポジティブな感情がどんなものか。その最新版を藤井風が与えてくれた。長かろうが短かろうが、人生は今後も続いていく。本公演は、そんな時にふと思い出せる日のひとつになる。
今日という日をセーブポイントとして、また今日から生きていく。とりあえず、せっかく買ったからには、オフィシャルスコアの曲をすべて弾けるようになりたい。新曲を買ったら、セットリストをプレイリストにしておさらいしたい。そしてまた、アルバム『HELP EVER HURT NEVER』を聴き直したい。そうやって、したい事を見つけては生きていくのだろう。
それを与えてくれてありがとう、藤井風。これからも応援していきます。
- 藤井風『HELP EVER HURT NEVER』
2020/10/29